また明日

そのとき私は東北大震災復興の視察中だった。
西日本で特別警報が出ているのを知った。

まさかと思った。

見学を終え、「また明日」と言って
手を振って笑顔で別れたあの時、
いくつもの町で逃げる余裕もなく
多くの人が土砂や濁流に飲み込まれたのだと翌朝、知った。

体が震える。瞳が潤む。体中が熱を発する。喉がカラカラだ。

「また明日」という言葉がどれだけ、大切か。
私たちが「また明日」といった時間の裏側で
現実は逃げる時間さえなかった人たちが、
なんの罪もない人たちが
丸ごと連れ去られてしまったのだ。

突然土砂に浚われてしまった人たちを思うと
体が張り裂ける…
後からわかってくる惨劇に心が凍る。

被災していない人間が
悲しんだりショックを受けたりしては
被災者に申し訳ない。

私たちができることをしよう。

私たちができることをしよう。

私たちができることをしよう。

しなくては。


仙台から広島に帰る手段が失われた私は、なんだか呆然としていました。
3日かけて帰った地元の変わり果てた姿。

私が広島なのをご存知の方からはたくさんご連絡をいただきました、
お気遣いありがとうございます。

あれから3週間たち、惨状と日常の狭間で今も揺れています。
生きるということを考えています。
地震、豪雨、人災、テロ。
死は突然私の元に飛来します。

だからこそ私は生きているんだということを、かすかにでも発信したいんだと。
だからこそブログを細々でも書き続けたいのだと。
生きているから。
そう思います。

 

明日のために、焦らずできることをしていきます。

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