シャープ・オブジェクツ


シャープ・オブジェクツ Sharp Objects 全8話 (2018年 アメリカ HBO)

■原作:ギリアン・フリン
■監督:ジャン=マルク・ヴァレ
■出演:
エイミー・アダムズ(カミール・プリーカー)
パトリシア・クラークソン(アドーラ・クレリン)
クリス・メッシーナ(ウィリス刑事)
エリザ・スカンレン(アマ)

ミズーリ州セントルイスの新聞記者カミールは、故郷ウィンド・ギャップという小さな町で起きた少女殺人事件と少女行方不明事件を、連続殺人事件とみて取材するよう編集長に指示される。家族と疎遠のカミールは渋々帰省するが、目にするあらゆる物が過去の忌まわしい記憶を呼び起こし始める。特に妹を失った辛い思い出が事件に重なり葛藤する中、彼女は捜索中だった少女の遺体発見現場に偶然居合わせる。

 

じわじわと、不快感が増してくる。
視聴し続けると、かすかな違和感が沸き起こる。
こういうドラマをslow burnというらしい。
決して分かりやすくなく、意味ありげにちりばめられたフラッシュバックのシーン、浮かび上がるキーワード。
難解と言えば難解。人を選ぶドラマ。
しかしラスト18分の怒涛のクライマックス、手に汗握る攻防、キラーエンディングは必見。
序盤のスローペースを(何度寝落ちしたことか)乗り越えてからこそ得られる、驚愕。
そして再び1話から、今度は息を飲みリピート視聴。
初視聴の時は意味がわからなかったシーンや言葉たちの伏線に気づき、再び驚く。
細部まで計算されつくされた緻密なドラマ。
緻密なドラマすぎて、ダイナミックなスピード感をドラマに求める人にとってはスローペースで退屈するかも。

 

以下、結末に触れています。

 

 


とにかくこのドラマは危険。
アルコールホリック、自傷といった闇を抱えるカミールが主人公なので、観ていてつらくなる。
南部の滴るような自然、美しい邸宅、抜けるような空、反して漂う閉塞感。
登場人物たちの一皮めくれば、内部から腐臭が漂うような閉塞感が圧倒的。
妹を失ってしまった喪失感、ウィンド・ギャップという閉鎖的な町の中での特権的な家に生まれ、美しく才能もありながら同級生の男子に襲われ、踏みにじられる性への絶望感。
彼女の体に刻み込まれる傷(言葉)は、彼女の魂の叫びでもあり、痛々しい。
“ASK!” “BAD” “A DRUNK” “DIRT” “Last Exit to Change Your Mind” “DON’T BE A VICTIM” “STAND” “THE DEADLY ERRORS” “TOLERATE” “LIMIT” “WRONG” “YELP” “GIRL” “VANISH”
などなど。
体中に聖痕を刻んだカミールが、デッド・ガールの兄と全裸になり同じ痛みを分かち合うシーンは彼女が初めて癒されるシーンでもある。
道義的には・・・かなりイッちゃってますが。

 

 


ウィリスにはカミールを救ってくれるかとも期待していましたが、心までは救えず。

 

 


アドーラを見ていると、V.C.Aの「屋根裏部屋の花たち」というアメリカン・ゴシックの傑作の物語を思い出す。

 

 

一昔前(80年代)のアメリカでは田舎のスーパーマーケットには、必ずV.C.Aのペーパーバッグが売っていた。
抑圧された思春期のエロティシズムが感じられるゴシック・ファンタジーロマンの金字塔、だと個人的に思う。
ここまで怖い本は読んだことがない。少女たちはこぞって本書を買っていたものだ。
古い大きな邸宅、美しい兄妹、繰り返される罪、監禁、狂信的な祖母、飢餓、禁忌、若く美しい母。
これでもかというほど、ゴシックロマンスのテイストを詰め込んでいる本作は
ご都合主義の展開も見受けられるけれども、その奥に作者の人間への冷めた視線が感じられる。
一番この世で素敵なものは、人間の心。
一番この世で恐ろしいものも、人間の心。
ゴシック・ロマンの体裁をとっているが、何故か非常に、普遍的なものを秘めていて、
そのことがものすごく怖い。
同じことが、今も、どこかで、起こっているに違いない。
主人公のキャシーは結局、幼少期を異常な抑圧状態で過ごしたために、
空想と現実の折り合いをつけることができずに、成長後も幼少期の空想の世界へ逃げ込んでいく。
現実の自分を失っていくだけなのね。
シリーズ最後で彼女は、結局「屋根裏部屋」へ還っていくしかないのだ。
それが、哀しい。
そして、罪は、繰り返される。

 

2011年に書いた書評から。
原作者のギリアン・フリンは「ゴーン・ガール」の人、イヤな後味のミステリーが絶品だよね。
彼女のデビュー作「シャープ・オブジェクツ」は、古きアメリカン・ゴシックの流れを汲んでいるような気がする。V.C.Aへのオマージュを感じます。
ドラマでは描かれてはいないけれども、アドーラの母も狂信的な人だったのだろう。
なによりも邸宅とドールハウスが、登場人物たちの病んだ心の象徴なのは同じ。
子供にヒ素を服用させるのもね。
ドールハウスがあんなにも怖いものだなんて思わなかったよ。
このドラマでは、人は傷つけあうものとしてしか描かれないのか。
自分を傷つけるか、相手を傷つけるか。
傷つけることでしか、愛を表せない、生きている実感を得ることができない人たち。

 

 

 


“Don’t tell mama”
この一言がこんなに怖いなんて。

 

アマはカミールの娘じゃないのかなと、私は思っているのです。色々つじつまが合うじゃない?
物語を見終わってもまだまだ謎が多く、いろいろと考えてしまいます。

 

キャスト、演出、映像、音楽(オープニングのDance and Angelaが毎回違うアレンジなのは絶品!)、そして脚本。どれをとっても文句なしの逸品。こういうドラマは大好きです。

 

★★★★

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