優しい顔で近づかないで・・・優しい男6話まで

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韓国ドラマ「世界のどこにもいない優しい男」6話まで視聴。

 

 
愛は身勝手なんだよなぁ、と感じる6話まで。
険しい山へと独り登って行ったジェヒヌナを追いかけるように、マルもまた迷宮に突き進んでいく。この世の果てになにがあるのか、確かめようとするヌナと共に崖に墜ちていこうとも、マルにとっては幸せのカタチなのでしょう。
誰がジャッカルで、誰がコヨーテなのか。
マルを頂点とした三角関係のもつれは、今のところジェヒヌナ圧勝でしょう。
白ウサギを追いかけて穴に入り、不思議な国に迷いこんだアリスのように、マルはいたいけに見えます。
マルの目には、ジェヒヌナしか映っていないのよね。
彼の行動は、全てジェヒヌナと対峙するためのものであって、ヒステリックなウンギはいいようにあしらわれています。
まさに、赤子の手をひねる様に、あしらわれているウンギ。

 

a0192209_23152674ジェヒヌナも嫌いではなにのよね。彼女を見ていると、ものすごく水分を感じる。濡れている、といった感じ。その水分に、男は虜になるのでしょう。
そして、彼女の綺麗な容貌を一皮むけば、エゴイスティックで、オポチュニストで、そのあまりの身勝手さが、わらわらとあふれ出てくる、そんな腐りかけたおどろおどろしさが好き。ゾクゾクする。熟してあとは腐るだけの妖しさを、ジェヒから感じます。腐る一歩手前の、一番美味しくべたべたした果実を連想するのよね~
マニアックなジェヒヌナ評ですが(笑)
どん底から這い上がるために、あらゆることを行い、全てを手に入れようとする女。
捨ててきたマルがウンギに近づこうとすると、後先考えずに、海に飛び込んだり、誘惑したり。
女だなぁ、と敬服します、ヌナに。
「マルのところに戻るから、待ってて」なんて、口を開けば嘘ばかり。マルが人生をかけて愛するに値しない女なのに、そんな女を愛してしまったマル。

 

 
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ヌナがやってきたことを、なぞって彼女を追いかけていっているのよね、マル。
ヌナが体を売れば、マルもツバメとなってお金を手に入れる。ウンギを表舞台に立たせ、実はジェヒヌナとマルの愛憎のかけひきに、ゾクゾクしっぱなし。互いに互いしか見つめていないこの2人。
ウンギは役不足ですね、まだ。
亡き母への感傷に浸り、感情的にしか行動できない彼女は、もうちょっとスキルを積んで、早くきちんとした三角関係の頂点の一つになってほしい、とウンギびいきの私は思っています(笑)
そうそう、私はラブコメが好きなんだわ、と思っていたのですが、実はこういうこってりした愛憎ドロドロドラマの方が好きなのじゃないの・・・と、自分に疑問を抱いています。
「優しい男」で面白いのは、シンクロニシティが多用されているところかな。

 

 
■愛はあるのか?

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■ヒロインたちは水が滴る・・・

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■ヒロインは弁護士に愛される

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他にも、かつて「愛」のために身代わりになったマルとウンギ、親に愛されない(虐待される)主人公たち、こういうプロットが重なり合って、複雑に人間関係が入り組んでくるのよね。まさに愛憎のラビリンス。

 

 

 
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ドラマの筋立てとしては、マルがウンギにほだされるんじゃないかな、と思っているのですが。
ウンギはヒステリックで、とげとげしくって、愛し方を知らない無知な女の子です。簡単にマルに騙される。
しかし、無知だからこそ、その直情的な愛の告白が、彼女のバカみたいな一途な愛が、マルの心を打つのじゃないかな、と思うのですが。
プライドも、何もかも捨て去った、ただただ心からの愛だけが、マルを迷宮から連れ戻してくれるのじゃないかな。ウンギにそれができるのか、ジェヒにそれができるのか。
誰がコヨーテで、誰がジャッカルなんでしょうか。マルと共に墜ちていく悦楽を得るのはどちらなのでしょうか。

その時々の、私の心の琴線に触れたモノ・・・ 小説や、映画、音楽、ドラマ、ファッションについてだけの簡単な備忘録。 Everything was beautiful and nothing hurt.

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