僕を信じるな・・・アルハンブラ宮殿の思い出8話まで


韓国ドラマ「アルハンブラ宮殿の思い出」8話まで視聴。

 

今年の超話題作のひとつと言っても過言ではないでしょう。
視聴開始する前から期待でワクワクしている人がたくさんいるに違いない。
私もそのひとり。
久しぶりのヒョンビンのドラマです。「ジギル&ハイド」は未視聴なので、「シークレット・ガーデン」以来となります。
8話まで視聴して。
このドラマは。
一体どこに向かって行くのだろうか。
皆目見当もつかず、視聴するたびに途方にくれる。

 

投資会社の代表ユ・ジヌ(ヒョンビン)がビジネスのためスペインのグラナダに行き、元ギタリストのチョン・ヒジュ(パク・シネ)が運営するホステルに泊まり、奇妙な事件に巻き込まれるサスペンスロマンスドラマ。

 

サスペンス? ロマンス?
こんな言葉には収まりきらない、不思議な苦いそしてたまらなく怖い味わいのするドラマ。
「アルハンブラ宮殿の思い出」は果たして本当に面白いのだろうか?
ずっとこんなことを考えながら、8話まで視聴してしまった。
8話まで視聴するということは、それなりに面白いということなのかもしれないが。

 

「高度に発達した科学は魔法と見分けがつかない。―アーサー・C・クラーク」
魔法と科学、アナログとデジタル、中世と現代、グラナダとソウル。そして男と女。
相反する(しかし表裏一体の)ものを対比させることで、浮き彫りにしたいのは人間の無限の欲望なのか。

 

 


脚本家のソン・ジェジョンの「イニョン王妃の男」「ナイン」「W」と「アルハンブラ宮殿の思い出」に共通するものは。
境界を超えるということ。
時間だったり、現実と架空(漫画)だったり、現実とARだったり。
どの作品も今ある世界を超えたときに、たったひとつ主人公の手の中に残っているもの・・・愛を描きたいのか?
誰かのささやかな願い(またの名を限りない欲望とも言える)が、今ある世界を歪めていき、自分の立つ位置さえもわからなくなる主人公たち。
ドラマチックな恋愛を描くと見せかけて、脚本家が描きたいのは愛のカタチではなくて歪でゆがんだ世界のカタチなのかもしれない。
「アルハンブラ宮殿の思い出」の主役のふたりも、「あれ?いつの間にヒジュは、涙が出るほどジヌを好きになったの?」とか「自分のために涙を流す女を見ただけで好意を、恋心を抱くの?女性不信のジヌが?」とか観ているこちらが戸惑うくらいロマンス色はかすか。
ロマンスのほんのり匂いがしながらも、このドラマ、あまりにも奇妙な舞台設定なので、これにどのような落としどころをつけるのかが気になって仕方がない。

 

 

ジヌは現実とゲームの世界の境界線があいまいになり、どちらの世界を生きているのか、もう少しでイっちゃいそうな精神の不安定さを抱えていて。
こういう演技をやらせるとヒョンビンはうまいよなぁ。
正気なのか、狂気なのかという演技。
かろうじて現実のボーダーラインに踏みとどまらせているものは、ヒジュの涙でしょう。

 

 

 


このドラマが面白いのかどうなのか、観ていてよくわからないのは、かなりの分量をゲームの経験値上げの描写に使っているから。
レベルアップの様子は見ていて面白いのか?
アクション・ロールプレイング・ゲームではあるけれども、このゲームの最終目的がよく分からない。
さらわれた王女を救うためでも、失われたクリスタルを取り戻すためでも、ドラゴンに支配されてしまった世界を救うためでもなく。
ただ、経験値をあげるために闘う。
アクション・ゲームという訳でもない。
ここら辺がドラマを視聴していて居心地が悪くなる大きな原因にひとつ。
8話になってもロマンス色はほぼ皆無。

 

 

 


むしろ6話あたりはホラーのテイストも漂っていて、めちゃめちゃ怖かった。
倒したはずの(死んでしまった)親友が蘇り、ジヌを襲い続ける。
現実世界で。
四六時中。
怖いよ、怖すぎる。
♪ アルハンブラ宮殿の思い出 ♪の旋律をこれから先ずっと平常心で聞くことはできないですよ、私。
ボディ・シェアリングという最先端のビジネスを開発している知人に先日、ゲームにおいての現実感の喪失という危険性を聞いたばかりなのでなおさら。
血まみれになったかつての親友が自分を襲ってくる現実世界。
倒しても、倒しても、追いかけてくる。
ジヌにとってむしろゲーム世界の方が平安なのでしょう。
だって魔法の世界だから何でもあり。現実の世界の方が恐ろしい。
彼をかろうじて現実に留まらせているものは、ヒジュの存在。
彼女を泣かせないために、ヒジュの弟のセジュを探す。
このドラマ(あるいはゲームの)目的地はセジュなのよね、今のところ。

 

ジヌがヒジュに告げる「僕を信じるな」は「僕を信じてくれ」の裏返し。
ゲームに現実世界が侵食されつつあるジヌの現状を信じてほしい。
ヒジュを泣かせたくないという想いを信じてほしい。
この世界を正常に戻すために闘い続けることを信じてほしい。
信じてほしいというのは、愛してほしいの類義語だと私は知っている。

 

 


「ミスター・サンシャイン」「新感染」からの先入観で、キム・ウィソンが絶対普通のいいひとであるわけないと思っています。
8話あたりから、妙にアクがでてきてやっぱり怖い!
ARの経験値稼ぎと、経済界のシェア争いに、社内での派閥争い、そして恋愛の闘争が加わるのか。
どれもこれも闘いばかりでちょっとtoo much。

 

 

その時々の、私の心の琴線に触れたモノ・・・ 小説や、映画、音楽、ドラマ、ファッションについてだけの簡単な備忘録。 Everything was beautiful and nothing hurt.

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