心有情義・・・琅琊榜<弐>27話まで


中国ドラマ「琅琊榜<弐>」27話まで視聴。

 

 

26話で片尾曲のバージョンが変わる。折り返し地点。
振り返ってみると、様々な瞬間の様々な選択が運命を、彼をここまで運んでくるのね。
何かを捨てないと前に進めないのか。

 

 

 


恵王の、仰天のエピソードから。


パンデミックが起こり。


平章の選択まで。

 

あまりにも目まぐるしく事態が動き、感想を書く暇もない。怒涛の展開。
でもこれまでのひとつひとつの選択が、平章の運命を決定づける。
後悔はしていない。果断な人だから。

 

 


それに比して。
飛盞の場面、場面の決断の危うさよ。
あの時、 段桐舟を見つけていれば。
あの時、拓跋宇との腕比べを望まなければ。
あの時、役人(名前を憶えていません)の声を聴いてれば。
あの時、濮陽缨を元啓に引き渡していなければ。
できる男風味なので、彼がとる行動に思わず舌打ちをしてしまう。
次子がその天真爛漫さで事件を起こす人間ならば、飛盞はその粗忽さで事態を悪化させる人間。
登場人物たちのひとつひとつの選択が、大きなうねりとなり定められた運命へと流れ込む展開が圧巻。

 

 


意外にあっさりと退場した濮陽缨。
彼の望みは、世子に流れる血が彼自身を裏切る姿を見たかった、それだけなのだ。
親や子、血の楔に縛られた人間が、その血を踏みにじり自分の欲のためにあさましく生きていく姿が見たかったのだ。
長林王府の固い結束にひびを入れたいという、あまりにも個人的な、卑小な、自分と同じようなあさましい人間に貶めたいという欲望だけで次々と罠をしかけていく。
しかし実は長林王府の固い結束は血縁という楔などはるかに超越していることを濮陽缨は知らない皮肉。
その卑小な欲望にふさわしい退場の仕方とでもいうのか。
世子が罠に堕ちた瞬間。
世子が自分の命を省みず、次子のために毒刃に自らを貫いたとき。
濮陽缨の世界は暗転した。
この世界に、自らの命を差し出してでも、誰かを救いたいという至高の姿を見てしまったから。
それまで濮陽缨が抱いていた世界観を真っ向から否定されたから。

 

まるで憑物が落ちたような濮陽缨。
彼の怨みも、悔しさも、憤りも、すべて世子が消し去ったかのように。
濮陽缨が言う「長林王府」の響きが好きでね。
彼の一見女性に見まがう風貌は、男性機能を失ったせいかもと勝手に想像する。
だからこそ、理想の男性像、世子にこだわり、執着し、貶めようとする。憧れがいびつにねじ曲がった執着となり。

 

 


濮陽缨がこの世界に残したものは、混乱と、元啓の心に悪意という種を残したこと。
いずれこの種は、大輪の悪意となって花開くだろう。
元啓の変貌もまた、暗澹と見ているしかない。
「もし」という仮定は禁物だが。
あの時、もし次子が元啓に寄り添っていたならば。
次子の選択、濮陽缨の選択、元啓の選択が嵐を巻き起こす。

 

 


長林王府世子。
この世に生を受けた己の魂の信義を貫いた男。

皎皎贞素,侔夷节兮。帝臣是戴,尚其洁兮。
皎皎たる意志
気高く屈せず
帝臣も規範と戴き
その高潔を崇めるなり

クールな面差しの中に限りない繊細さと、果断な決断力を秘めて。
何があっても決して取り乱さずうろたえず。
毅然としてあでやか。
彼が様々な場面で見せた高潔さ、豪快さ、情義を私は忘れない。
彼の流した血潮、涙。梁の荒ぶれた大地に息づく。

 

彼が逝ってしまったことで、長林王府の崩壊が始まる。

 

 


少年は兄の庇護を失い、世界と向き合い、大人になっていく。
濮陽缨が元啓に残したものは悪意ならば。
平章が平旌に遺したものは情義。
「どれだけ高みにあっても、失ってはならぬもの」
情義であり、この国の未来への希望。

願わくば平章の最期に、別れを言わせてあげたかった、平旌に。

 

 

その時々の、私の心の琴線に触れたモノ・・・ 小説や、映画、音楽、ドラマ、ファッションについてだけの簡単な備忘録。 Everything was beautiful and nothing hurt.

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