恋い恋う・・・鬼<トッケビ> 10話まで


韓国ドラマ「鬼<トッケビ>」10話まで視聴。

 

 

物語は起承転結の「承」の部分が10話で終わったところかしら。
うすぼんやりと世界観が見えてきて、登場人物たちの因果関係がはっきりとしてくる。
これから怒涛の展開の「転」の前の一休み。波乱の予兆を感じさせながらも、穏やかな日常を描いていきます。
剣を抜くべきか、抜かざるべきかという命題も取り敢えず置いておいて、ひとつ屋根の下に住むことになったトッケビ、死神、ウンタクのささやかなやり取りを丹念に描いていく。
肩を寄せあい、微笑み合うスナップなんて撮るのはいずれ来る破局へのフラグなのになぁ。
3人が(ドクファ、ハラボジ、秘書さんも含めて皆が)笑い合う、そんな日々が続けばいいのに。
彼らの関係性が無残にも壊れていく予感で、胸がたまらなく痛くなる。

 

 

 


ネギを買いに行くトッケビと死神はたまらなくスタイリッシュ(笑)
彼らが再び肩を並べて歩くことができるのだろうか。
9話はまるでMVのような展開で、10話は時代劇。
8話までの勢いが若干弱まった感も否めませんが、いいのです。11話からはきっと息をつく暇もないのだろうから。

 

 

 

「鬼<トッケビ>」における神が私たちの前に現れるときは蝶の姿をしている。
蝶の羽ばたきを9話では延々とカメラは追っていく。
羽ばたきを見ながら、ふとバタフライ・エフェクトとつぶやいてみる。
ウンタクという花びらのように軽い、小さな存在がどんな影響を世界にもたらすのか。
ウンタクだけが過去の因縁に囚われない。変数と言及される存在が引き起こす、羽ばたきがもたらす未知数のゆらぎ。
神ですら、この物語の結末は想像つかないに違いない。

 

 

 


トッケビ、死神、サニーの過去が明らかになってくる。
可哀想な王ヨ。
愚かしい王ヨ。
愛はそこにあったのに。恋い恋うていたのにね。
確かにあったのに。

 

 



「鬼<トッケビ>」というドラマ、ポエティック、抒情的、センチメンタルなドラマなのだけれどもただひとつ大きな欠点が。
わざとらしくエピソードに入ってくる間接広告のtoo muchさ。興ざめする。
物語の没入度を妨げるのよね。
tvNは「鬼<トッケビ>」の広告収入で収益は上がっているらしいのだけれども、SUBWAYやらサーティワンアイスクリームやら香水やら栄養ドリンク、飲料などなど物語を私たちは見ているのか、CMを見ているのかわからない展開。
抒情なんてどこに行っちゃったんだ~というくらい無理やりな直接広告(もはや間接ですらない)の連続。
この山のような広告のおかげで、「鬼<トッケビ>」の物語性が薄れているのです。
9~10話の勢いのなさはこのPPLのせいでもあります。
そんな中で、ドラマ中、様々な場所に置かれている、これでもかというキャンドル。
おそらくこれもまた間接広告であるのだけれども。
このキャンドルは、見事に物語とリンクしているのよね。

 

 

ウンタクがキム・シンを呼び寄せる呪文(?)としてキャンドルを吹き消す。
彼女がキャンドルを灯すたびに、まるでマッチ売りの少女のようにささやかな夢を望む彼女にこっそりと私の胸が痛くなるのも事実。
劇中、いたるところに灯されているキャンドルの灯りを見ているとそのうちにそれが、人の命のように見えてきてぞくっとする。
キム・シンの命に見えてくる。
ウンタクはキム・シンを消滅させる(吹き消す)役目を担った存在という暗喩なのかもしれない。
彼女はそうと知らずに、灯りを消し続ける。
彼女はまだ知らない。
キム・シンの消滅か、自分の死かという二者択一を。

 

 

 


脚本家のキム・ウンスクはずっとコン・ユに自身の作品に出演してくれるように願っていたそうですが、「紳士の品格」「相続者たち」「太陽の末裔」のどのキャラクターよりも「鬼<トッケビ>」のキム・シンはコン・ユによく似合う。
自分が誰を愛したいのかを分からないピーターパンシンドロームの役でもなく(「紳士の品格」)、何の力も持っていないことに打ちひしがれる幼稚な役でもなく(「相続者たち」)、愛と国家が同じくらいのバランスでがんじがらめになる軍人役でもなく、キム・シンがコン・ユにはよく似合う。
生きていることに倦んでいるキム・シン。
ウンタクに振り回されあたふたするそんな自分をどこか冷静に楽しんでいるキム・シン。
人間の愚かしさも、暖かさも、どこか遠いところで俯瞰して見ているキム・シン。
この一瞬一瞬の誰かとの触れ合いや温かさに飢えながらも、自分の中では通り過ぎていくことと、命の失われ行くさまに諦観のまなざしで1000年間見続けたキム・シン。
少し疲れたような、少しおどけたようなコン・ユの佇まいがキム・シンによく似合う。
何もかも飽きてきた己の存在に、初めて意味を感じたキム・シン。
ウンタクが自分を呼ぶ声を、聞くために。
ウンタクが自分の名前を呼ぶ声だけが、彼がこの世界に存在している理由なのだから。
彼を必要としている人が、この世界にいるということなのだから。
やっと気づく。

 

 
恋い恋うている、この世界は美しいと。

その時々の、私の心の琴線に触れたモノ・・・ 小説や、映画、音楽、ドラマ、ファッションについてだけの簡単な備忘録。 Everything was beautiful and nothing hurt.

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  • コメント ( 1 )

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  1. YUMIKO

    yucaさま

    半年間の仕事を終えて、我慢していたドラマを怒涛の如く見ました(笑)。
    そしてやはり『鬼 トッピゲ』が私には一番深い部分が多く、切なかったです。

    まるで前世の忘れた記憶の痛みを一緒に感じているような哀しみ。
    トッケビの涙の雨の夜に、身を引き千切られる哀しみに泣きもだえるウンタク。
    それは私の中にも確かにあるからです。

    『星から来たあなた』、『青い海の伝説』、『鬼 トッケビ』。
    この3作品とも本編よりも過去の時代の悲哀物語の方が本編よりも短くとも
    強い(『鬼 トッケビ』は9年後になるまでが過去物語だと思う)印象で胸を打つのが
    私にとっての共通点。

    yucaさまが最後までまだ語られていない『青い海の伝説』『鬼 トッケビ』を拝見
    したく、熱望しております。
    これは私りyucaさまへの恋文です( *´艸`)