ロング・グッドバイ

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ロング・グッドバイ Long Goodbye 全5回 (2014年 日本NHK)

 

■演出:堀切園健太郎
■脚本:渡辺あや (原作:レイモンド・チャンドラー)
■音楽:大友良英
■キャスト:
浅野忠信(増沢磐二)
浅野剛(原田保)
小雪(上井戸亜以子)
古田新太(上井戸譲治)
冨永愛(高村世志乃)
太田莉奈(原田志津香)
滝藤健一(新聞記者・森田)
堀部圭亮(高村医師)
福島リラ(歌姫)
高橋努(権田刑事)
田口トモロヲ(羽丘)
泉澤祐希(章介)
石田えり(中年女)
遠藤憲一(岸田警部補)
吉田鋼太郎(遠藤弁護士)
柄本明(原田平蔵)
【あらすじ】
私立探偵・増沢磐二(浅野忠信)は、キャバレーの駐車場で一人の男(綾野剛)と出くわす。男は妻で女優の原田志津香(太田莉菜)の車から、雨の中に放り出された。それを見ていた磐二は、男を自分の事務所に連れ帰り、暖かいコーヒーを淹れてやる。「何の得も無くても、クズを拾ってきてコーヒーを飲ませたいと思う人間だっているんだよ」という磐二の言葉に目を潤ませた男の名は保といった。以来、二人はたびたびバーに一緒に飲みに行くようになる。数か月後の深夜、血まみれの保が磐二の事務所に現れる。「これから台湾に逃亡するから横浜港まで連れて行ってくれ」という保を磐二は黙って車に乗せる。別れ際に保は言う。「あなたのように、何の見返りも求めず、ただ自分が正しいと思う方を選ぶことのできる人間になりたかった」と。そして、もし台湾なんかに逃げずに警察に行くべきなら僕を呼び止めてくれ、と言い残し、船に向かって歩き出した。磐二は激しく迷うが、何も言わずに港をあとにする。


 

ともあれこの一連の出来事は、言うなれば一通の手紙のようなものだった。

差出人は増沢磐二。
受取人は死んだ男、原田保。

 

 

この一文に「ロング・グッドバイ」のすべてが表されています。
増沢から保へのラブレターのようなドラマでした。

 

増沢磐二は、伝えようとしたのだと思う。自分が信じることを、信じる相手に。

ただ、その身一つをもって。
時代の底ではいつも、いくつかが潰れている。
上井戸亜以子であり、原田保であり、俺の親父だとも言える。
増沢磐二もまた、やがて潰れるだろう。
いやつまり、増沢磐二のような男、という意味だが。
来たる新たな時代に、こんな男はもういないのだろう。
さらば増沢磐二。
この国は行くよ。
時代の底に幾千の哀しみを抱いて。
輝く未来へ。

エピローグから分かるように、「ロング・グッドバイ」というドラマは、増沢磐二のような男に向けた熱烈なラブレターでもあったのだ。
熱烈なラブレターの酔わせてもらいました。
どこか懐かしく、どこか新しく、美しくて、美しすぎて、懐かしすぎて、失ってしまったものたち、失われてしまったものたちのことを考えると胸が痛くなる、そんなドラマです。

 

 
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「ロング・グッドバイ」の筋立てについては知っていたので、なぞ解きに頭を悩ますことなく、ただただ亜以子の美しさを堪能。

果物が腐る寸前の甘い、甘い果実のような亜以子。甘過ぎて、きっと身体のどこかが腐りかけているに違いないと思わせてくれるたたずまい。
そのエキセントリック、デカダンスなまなざしに、男たちはやられたのでしょう。
あの背中、あのデコルテ、とにかく退廃的な美しさです。

 

 

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あまりに彼女の中身が空っぽすぎて、男たちはそんな彼女の空洞を自分なら埋めてやれる、と錯覚してのめり込んでいくのでしょうか。
一生に一度の恋に堕ちた彼女は、その恋に燃え尽きて、抜け殻になってしまったのでしょう。
「ロング・グッドバイ」を観ながら、フィッツジェラルドの「華麗なるギャツビー」を思い出していました。
たしか村上春樹も、そのことに触れていたのですが、失われた初恋、失われた友情、そして心に残ったぽっかりと空いた大きな穴。
この二つの物語があまりにも似通っているのではないか、と。
「ロング・グッドバイ 東京編」としてこのドラマがノベライズされていましたが、思わず感嘆したのが。

 

勧君金屈巵 満酌不須辞
花発多風雨 人生足別離
コノサカズキヲ受ケテクレ ドウゾナミナミツガシテオクレ
花ニアラシノタトヘモアルゾ サヨナラダケガ人生ダ

于武陵の「勧酒」とチャンドラーの「長いお別れ」からのセリフ「ギムレットには早すぎる」、「さよならを言うことは少しの間死ぬことだ」を掛けているいるのは、圧巻。
漢詩を出すことにより、保が台湾に行ったことと、そしてきちんと原作のセリフをリンクさせるなんて。
この趣向には鳥肌が立ちました。

 

 

 

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いずれにしろ、初恋の成れの果ては、なんて狂おしく切ないのでしょうね。「ロング・グッドバイ」にしろ、「ギャツビー」にしろ。
あまりにも初恋の、あの瞬間の、あの情熱が忘れられずに、失ってしまったモノのことを考えるあまりに、心が空っぽになってしまった恋人たちのことを考える。

 

 

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白い服を着た、あの保はもういない。
一線を踏み越え、闇に溶け込んでいる彼は、もう増沢の知っている保ではない。
思えば、台湾に向かう埠頭に立った時に確か保はもう黒い服を着ており、あの時には闇に堕ちていたということなのでしょうね。

 

 

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増沢磐二。
私は「ロング・グッドバイ」好きでしたけれども、原作ファンの方からすると、かなりクレームをつけたくなるかもね、とも思います。
これはフィリップ・マーロウの物語ではなく、探偵増沢磐二の物語です。
マーロウよりもウェットでコミカルで、人情物語になっていたのは浅野忠信の持ち味なのかもしれません。
ハードボイルドにしてはどこか飄々とした風が流れてくるのは、彼の演技が軽いからかな。
もともとハードボイルドとは、戦争で理不尽にすべてが失われていく喪失感を体験した男たちの物語なんです。
空っぽの大きな穴を自分の中に抱えながら、その虚無に堕ちるまいと、己を厳しく律する男たちのやせ我慢の話なんです。
ところが増沢磐二は、その虚無感を抱えているようには見えない。
穴に堕ちるのを抗うような重厚感はなく、その存在感はどこか、軽いのです。
悲壮感をあまり感じない。軽いから熱くなることのできる男なんです。
この存在の耐えられない軽さに、違和感を抱く人がいるかもしれないなぁ、と視聴しながら思います。
虚無感から感情がシニカルになるマーロウと、虚無感を抱えていない増沢磐二の違いが色濃く浮き彫りになっている。

 

 

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戦争で負けて、この国にはドデカイ穴が開いた。その穴をこれからこのテレビジョンが埋める。かつて我々が信じるべきとされていた仁義、礼節、忠誠…そういう何もかもがあの戦争で灰になった大衆どもには、それが不安でたまらんらしい。一種の癖だ。みんな血眼になって、次にすがるべきものを探している。だが、わしに言わせれば、癖そのものを直せばいいのだ。詮無いことに思い煩うのを止め、ただただテレビジョンを観る。プロレスに興奮し、音楽と共に踊り、落語に笑えばいい。頭を空っぽにするのだ。ただ空っぽに。そこにテレビジョンという風が流れていく。悩みを忘れ、笑いと興奮に・・・

ハードボイルドの根底にある登場人物が抱える穴について平蔵は語る。その穴は虚無、なんですよね。
男は戦争の荒廃から虚無を抱き、女は恋の成れの果てに虚無を抱く。

 

 

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尺のせいなのか、世志乃との恋愛も「ロング・グッドバイ」ではカット。ほのかに
香るニュアンスだけ残したけれども。
恋愛模様をカットしたせいで、恋愛にも熱狂せずに静かに自分の世界を貫くマーロウの孤独と悲哀も描かれることはなかったの。
恋愛模様がないのなら、なぜに世志乃を出したのか分からない(笑)
彼女と増沢磐二のシーンは、美しいけれども唐突な感が否めなかったなぁ。
ちなみに原作では、リンダ・ローリング(世志乃の立位置)と恋に堕ちるマーロウは、それでも自分のウェイ・オブ・ライフを貫く。
彼の中の大きな穴は、もはや恋などでは埋めることができない。
そういうマーロウがたまらなく切なくて、身震いするほど格好よかったのにね。

 

 

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増沢磐二の恋愛がカットされたために、「ロング・グッドバイ」は友情の物語に、ブロマンスな物語になっていましたね。
友情はそれはそれは美しく描かれていて。
こういう男しか入ることのできない世界って、女は邪魔者なんですものね。

 

 

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保とのシーンももちろんいいけれども、岸田警部補とのこのつかず離れずの、ドライな関係も好きで、堪能しました。
個人的にこのドラマのベストシーン(笑)
岸田警部補のすべてを分かっているような、どこか頼もしいように、どこか痛ましいように磐二を見つめるまなざしが好き。

 

 
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ちゃんと石田えり演じる中年女のお話にも、決着をつけて(笑)
こういうオトシドコロを見ていると、もはやこのドラマはマーロウの物語ではなく、やっぱり「探偵・増沢磐二」というドラマでいいのではないのかしらとも思います。
大友良英の、あのどこか「ルパン三世」をほうふつとさせるイントロのテーマ曲で、連ドラになったらいいのになぁ、と願望を抱く。
チャンドラーからの換骨奪胎で、新たなドラマが誕生したのではないかしら。
だからこそ、探偵・増沢磐二の新たな物語が観てみたいなぁ。
探偵・増沢磐二を見ながら、新しい時代を目指すあまりに、私たちは何を失い、何を捨ててしまったのか。
狂おしいほどの郷愁にさいなまれながら、頭の片隅でそんなことを考えます。
またこの世界で酔わせてほしいものです。

 

 
★★★★★

密会

Everybody’s looking for something・・・ハートレスシティ6話まで

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コメント

    • FANです。
    • 2014年 5月 29日

    SECRET: 0
    PASS:
    前略 失礼します。

    余韻が美味しいドラマでした。ユカさんはいかがでしたか?
    私は堪能しました。だって、石田えり・・・。ずるい。

    このドラマ、小説が出てるんですね。
    そして、小説のご紹介文に、勧酒!!
    あそこで、于武陵を出されるユカさんの奥行きの深さに、もう圧倒されました。

    あの詩を、20代の頃に知りました。
    井伏鱒二の、あの訳は、もうすでに漢詩を超えた名詩だと思います。

    これを、チャンドラーに持ってくるセンスも素晴らしいですが、
    そこを掬いとられるユカさんは、本当に心のひだが繊細なんだなあ、と。

    このドラマを通じて、一粒で2度ならず3度、美味しく感じました。

    とっ散らかった感想しか言えませんが、また、ご訪問させて下さいませ。
    夏が来ますね、季節の変わり目。くれぐれもお身体、ご自愛下さいませ。 草々

  1. SECRET: 0
    PASS:
    ♪FANさん、コメントありがとうございます♪

    本当に美しいドラマでした。
    美しすぎて胸が震えましたもの。

    >このドラマ、小説が出てるんですね。
    チャンドラーの原作をもっと読みやすくしたような、これはこれで素敵な小説です。

    >あの詩を、20代の頃に知りました。
    この漢詩は私も大好きです。
    深いですよね~
    本当にこの詩を、カタカナ表記で訳した井伏さんの才能!!
    物悲しくて、力強くて、どこか暖かい、そんな詩です。
    深すぎて、まだよくわかっていなかったりしますが。

    原田保と増沢磐二の関係にこの漢詩をかぶせると、泣けてきます。
    こういうドラマと出逢えるから、ドラマ視聴ってやめられないですね。

    FANさんとご一緒に「ロング・グッドバイ」を視聴できて、本当に私も楽しかったです。
    一緒に楽しめたから、このドラマがより深く味わい深いものになったのかもしれません。

    また、ぜひ何かのドラマをご一緒したいものです。

    • FANです。
    • 2014年 6月 01日

    SECRET: 0
    PASS:
    ヤメテ下さい、もう、無理です。

    ユカさんから、発信される言葉を読んでいるだけで、PCの前で、泣くのを我慢して、すでに頭痛です。
    明日は、目がパンパンで、肩こりも最高潮です。もう、無理。勘弁して下さい。

    が、わたくしの、すり減った感受性の中で。

    ユカさんと、このドラマでお話しできた、僅かな時間は、
    花の嵐より、切実な嵐より、ドラマティックな風が吹きました。

    サヨナラだけが人生なら、サヨナラに理由なんて、全く要らないと思います。
    ユカさんが、発信される限り、まだまだ、ユカさんとサヨナラしないで良い筈です。・・・だって、FANなので・・。

    ドラマと言わず、また何かに触れ、ひそっと。
    ご一緒させて頂ければ、とても、嬉しいです。

    希薄なNETの世界も、柔らかな時間を探せば見つかるものだと、痛感しました。本当に温かい空間を、頂きました。

    ユカさんの感想をNHKに買い取って頂きたいです。
    そして、このドラマをシリーズにして貰いたいです。
    そのためなら、高い受信料払い続けますわ。

    末尾に現実感が有り過ぎるコメントを、失礼しました。

  2. SECRET: 0
    PASS:
    ♪FANさん、コメントありがとうございます♪

    >花の嵐より、切実な嵐より、ドラマティックな風が吹きました
    いえ、いえ、私の方こそですよ。

    ブログを書くってどういうことなのかなぁ、といつも思います。
    もちろん、そのドラマや本、映画にかんする感動を書き表したいという欲求ですが。
    突き詰めれば、自分ってどういう人間なんだろうか、どんなことに感動しどうんなことに泣くのだろうか。
    という自己分析も(私の場合)入っておりまして。

    ブログのコメントって書きこむのに、ちょっとハードルがあるわけじゃないですか。
    そんな私の自己分析のたわごとに、コメントを書いてくださる方がいらっしゃるなんて、とっても嬉しい。
    本当に。
    こんな私でも、書いていいんだなぁ、といつも思うんです。

    ありがとうございます。

    >このドラマをシリーズにして貰いたいです。
    いや、本当に、熱望。
    「探偵・増沢磐二」の物語が観たいです。
    このくらいクオリティが高ければ、視聴料を払っても不満になりませんものね(笑)

    • FANです。
    • 2014年 9月 01日

    SECRET: 0
    PASS:
    いまだ、こちらから、呆れないで~。

    24時間テレビを避けたくて、この小説に逃げた週末。
    ユカさんのご紹介で、覚悟を決めていましたが・・・・撃沈。
    一切の家事を放棄しました。

    ドラマ原作本は、俳優さんが消えていく(妄想)ことが多いのですが、これは、概ね、そのままでした。
    ご指摘通り、ご令嬢(富永)との、未来路線は、確かに小説の方が魅力的ですね。富永を魅力的に見せた、浅野君、流石ですね。

    小説よりドラマの印象が、上回ったのは最終話。
    小雪の、お帰りなさい、あなた。に返した、綾野君の全てを悟った、一瞬の表情。あれは綾野君、万歳です。

    ラストの漢詩では、ドラマの東京五輪の看板と、綾野君の表情がフラッシュバックして・・。涙

    ただ、小説の夫人は、私の中では夏目雅子。が、それを聞いた周囲は、それは、反則だ。それなら岸恵子で納得だ、とのこと。まあ、
    嘘を気品で塗りたくった様子を想像するだけで、ウットリ。(もう、ギャラも歳も知らんがな)

    で、仕切り直した結果、夫人は宮沢リエだと、それ以外は、変更不可。以上 (私と私の周囲は妄想バカオンリーです)

  3. SECRET: 0
    PASS:
    ♪FANさん、コメントありがとう~♪

    >24時間テレビを避けたくて
    あははは、わかる!
    思わずチャンネルが24時間テレビの局になったらあわてて違う局にかえましたもの、私も。

    >富永を魅力的に見せた、浅野君、流石ですね。
    原作にあるこの恋模様をドラマでなぜカットしたのか。
    女優さんの演技力の問題(あ、言っちゃった!)か、尺の問題か。

    「ロング・グッドバイ」では実は女優さんに演技を求めずに、たたずまいが美しい人ばかりをピックアップしたのかなとも思います。
    歌姫ローズに始まって、亜以子の背中、志津香の死に顔、世志乃のうつろな瞳。
    ヒロインたちはまるでお人形のように美しく、男たちの友情やら情愛やらはやけに凛々しくかっこよかった。

    >ラストの漢詩
    「人生足別離」は圧巻ですよね。しばらく余韻に浸っていました。

    >夏目雅子
    この上もなく美しいなぁ。でもこのヒロインには狂気も必要なんですよね。
    美しいけれども中身は壊れてしまっているアンバランスさ。
    夏目さんは健やかなところがあると思います。
    確かに宮沢リエなら納得かも。

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